霊験亀山鉾【国立劇場】

劇場でパンフレットを手にとり、まじまじと読んでいると『~亀山の仇討ち~』と副題があり、“仁左衛門さん三役”“四世・鶴屋南北”作品という事くらいしか予備知識がなく足を運んだので「そういう大筋なのか~」とソコで合点がいったお恥ずかしい次第。 上演は平成元年11月以来だそうだが、その時とは随分違った芝居に仕上がっているらしく、久々にかかるという話題の芝居となり、国立劇場は平日でもかつてないほどの?盛況ぶり。
敵役の水右衛門、それにウリふたつの八郎兵衛、そしてその父ト庵の三役を一人の役者が演じるというのは江戸の初演以来という事。 これは今公演の成功の要因のひとつだと思う♪

序幕

仁左衛門さん@水右衛門、石井一族が次々と仇討ちに挑む“大きな敵”という感がこの序幕での、卑怯なやり口、不敵な笑み、残虐さで印象づけられ、美しい姿がより冷血さを際立たせる。 「ここまで低い、響くようなセリフまわしは初めて聞いたので鳥肌が~!

染五郎さん@源之丞孝太郎さん@お松。 この場での若い夫婦の仲睦まじい様が後半の悲劇をより悲しいモノに見せるように感じた。

二幕目

弥十郎さん@官兵衛。 最近はこのような三枚目のお役で拝見することが多いのだが“ガタイがイイ”だけに、その一途な滑稽さが愛嬌あるものになってハマる♪
秀太郎さん@おりき。 も~う、こういうお役の秀太郎さんって大好き! 「いるよ、いるいる!こんな色と金のプロって感じのオバさん!」って言いたくなる。 失礼ながら…上手いなぁ~。
染五郎さん@源之丞は、妻を残して仇討ちに出掛けたが、その道中の丹波屋で女将のおりきに惚れられるわ、芝雀さん@芸者おつまとは子まで成すは…で、イイご身分?! 二人の間に入ってオロオロ&ニヤニヤする色男ぶりは笑えたが…、ふと「これ3人とも男の人なのよねぇ…」と何故だか一瞬思い出して素になってしまった自分がイヤだった! 遊び人風情のお役の染五郎さんって好きだな。
焼場に通じる街道で「狼が出たゾ~!」 私が歌舞伎の演目で観た動物の中で一番“らしい”動物で、動きもナイス! 石井一族の重宝の【鵜の丸】の巻物は白蛇が守る秘書である為、その巻物をひもとく度に白蛇が現れるのも楽しかった。 木から垂れ下がっている蛇の動き、上手かった~!

この演目の最大の見せ場【駿州中島焼場の場】。 本水の雨が降る中、芝雀さん@おつまは水右衛門の一味、仁左衛門さん@八郎兵衛と熱演の立廻り! まさかこんな演出があるとは思いもかけなかったので、芝雀さんファンとしては嬉しい誤算。 しかも八郎兵衛を倒しちゃうし!!
そして…バリバリバリ~! 火にくべられた棺桶を破って仁左衛門さん@水右衛門、登場! ギャーッ、カッコいい~♪ (でも棺桶が乗せられている屋台から降りる時、薪が崩れて仁左様よろめきアッ!)
せっかく頑張ったおつまはアッと言う間に殺されちゃうけど、彼女のお腹を刺しながら石井一族の奪った命の数を笑いながら指折り数える様はゾゾ~。 歌舞伎で…ココまでワルなお役って珍しいのでは? でも“悪の華”という感じで残酷だけどとても綺麗なシーンとして印象深い。

三幕目

源之丞の妻として正式に祝言をさせる…と機屋に尋ねてきた、秀太郎さん@貞林尼を全身で嬉しく迎えいれる孝太郎さん@お松。 傍らには奇病で足腰の立たない息子、清水大希くん@源次郎が居るというのに、少女のようにはしゃぐ姿が愛らしいので、夫が死んだと聞かさせた時の驚きは胸が痛い。
あいかわらず可愛くて演技が達者な大希くんにニッコリ♪
源之丞の…石井家の下部、染五郎さん@袖介と、水右衛門の父、仁左衛門さん@ト庵との対決。 話しの筋の上でとても大事なんだろうけど…この場、何故か弱かった。 染五郎さん、全体を通 して出番が多かったのに、何故だか印象が薄かったのは残念。

大詰

城下では遠くに祭りのお囃子が聞こえてくる賑やかな中、舞台手前では緊迫した仇討ちの場。 この演出には感心した!
この座組での出演は大変珍しい段四郎さん@重臣・頼母。 出番は少ないものの、歌舞伎味がピリッと効いていてとてもしまる感じ。 私自身、舞台でのお元気なお姿を拝見するのは久し振りなので、それだけで嬉しい♪
石井一族の大敵・仁左衛門さん@水右衛門に挑む石井家の人々。 皆の期待を一身に受けた清水大希くん@源次郎が斬りかかる度に急いで自分の身に引き寄せる、孝太郎さん@母・お松の表情がたまらなくヨカッタ! 母としての慈愛はもちろん、夫や姑の気持ちを引き継いだ仇討ちに対する気迫が感じられた。

仮名手本忠臣蔵・夜の部【歌舞伎座】

五・六段目

“山崎街道二つ玉の場”の、信二郎さん@定九郎の色悪ぶり、闇に生える白塗りと口からしたたり足に落ちる流れる赤い血の…色の対比がなんと美しい事!! しかし…短いながらも強烈なお役なのに、印象が薄いのは残念~。 登場した時も「信二郎ここにあり!」的な存在感がナイのは寂しかった。 勘九郎さん@勘平の、人を打ったという驚きと、思わず財布を握りしめて逃げ出す時の、心の葛藤が表情からありありと見てとれて良かった。
家橘さん急病休演の為、代役・上村吉弥さん@母おかや。 「美人なお役で拝見したかったな~」と思いつつも、汗が落ちて膝上の着物の色がすっかり変ってしまうほどの熱演に引込まれた。 「舅殺し!」と勘平をなじり、その後疑いが晴れるが不幸な結果となってしまった悲劇を嘆き悲しむ様は、勘九郎さんの熱演と絡んで印象に残った。

七段目

一力茶屋の仲居や手代の人数にまずは圧倒された! “一発芸”では『天皇賞?で落馬の武豊騎手』『あざらしのタマちゃん&ウタちゃん』ネタも♪ 演技に演技を重ねる吉右衛門さん@由良之助の変りぶりが楽しめる。 特に扇雀さん@力弥が書状をもって尋ねた時のするどい眼光が素敵!
しかし、なんといっても好きだったのは、團十郎さん@平右衛門玉三郎さん@お軽の“兄妹愛”! いきなり斬りかかった兄から逃げてやりとりする花道での会話はなんとも楽しい。 この二人の組み合わせで“かわいい”という印象を受けるとは意外で新鮮♪

十一段目

浅葱幕が切って落されると、舞台に居並ぶ浪士たち。 もうその姿だけで鳥肌ゾゾ~の興奮もの! 季節は巡りめぐって雪が降る銀世界の冬。 着物の黒がキリリと舞台に映えて、討入りの気迫をも表現しているような…♪ 池にかかった橋の上での立ち廻り、池に落ちてしまう演出の工夫…そして池から這い上がってきた時の細かな演技。 勢いのある場面 だけにこういった細かな部分が印象に残った。

仮名手本忠臣蔵・昼の部【歌舞伎座】

“赤穂義士討入三百年”という事でこの上ない豪華な顔合わせ! 兼ねてから「一度、順番通 りに大序~討入まで観てみたい!」と思っていたので、睡魔に打ち勝つ自信はなかったものの、一日通しで観劇しました! 口上人形も…「やっとあなたと遭えた♪」的な感激の対面 ?! 今回は全体に対して言える事なのですが“日本の伝統色”の美しさ、そのバリエーションの豊富さに改めて大きな感銘を受けました! 色によって登場人物の性格を現す工夫はもちろん、とにかく、とにかく「うわぁ~、綺麗…」と思わず声に出してしまう事たびたびでした。
通しで観たことで“春~冬”と時間の経過、季節の経過が一年に渡っている事に、今回恥ずかしながら初めて気がつきました!

大序・三段目

古式の演出の…幕がそろりそろりと引かれ、板付きの登場人物ひとりひとりに魂が入っていく姿。 う~ん、やっぱり歌舞伎って面 白い♪
吉右衛門さん@師直鴈治郎さん@判官勘九郎さん@若狭之助。 それぞれ人物の性格をこの場でしっかりと観客に説得する力がナイと、この後のお芝居を最後まで引っ張っていけないであろう大序。 傲慢さと好色さの二面 性を大いに際立たせる師直は、憎々しいながらも駄々っ子のようで愛嬌がある。 “えっへん・バッサリ”の場の、板東吉弥さん@伴内がたまらなくイイ! 好きな役者さんに私の好きな“愛嬌のある道化役”を演じられると…もう頬がゆるみっぱなし♪
師直の激しい気分のムラやそれに振り回される周りの応対も解りやすく笑える。 判官をネチネチといじめる様、それにジッと耐える様は鴈治郎さんの表情が素晴らしく、吉右衛門さんの“イヤな上司”ぶりが際立ったように思えた。

四段目

富十郎さん@石堂彦三郎さん@薬師寺はその役柄の度量の広さを如実に表現されてさすが! 扇雀さん@力弥は、あまり立役で拝見した事がナイのもあって印象深い。 父親と無言の別 れを告げる場面、そして父親が待ちわびる由良之助の到着を身を乗り出しながら花道で伺う表情が良い。 團十郎さん@由良之助の登場は、やはり場内が湧き“さすが大きな役者!”といった所。 登場同時に家中一同が座に入ってくる様は、家臣と気持ちが同化してしまって心が痛い。 “扇ケ谷表門城明渡しの場”では、“引道具”の効果が素晴らしい。 暗闇に赤い門という色の対比、一同を見送った由良之助ひとりであるから余計にその効果 が発揮されているのでは?  團十郎さんの“表情”でジ~ンときたのは初めて。

道行

勘九郎さん@勘平福助さん@お軽で前半のしっとりとしたくどきを春の野を舞台に美しく舞ったかと思えば、翫雀さん@判内の登場で…スイマセン!後半は判内 しか観ていないっ! 重い重い前段の後にはこんな楽しい切となるのは嬉しい♪